Bana's diary

Banaがのんき気ままに暮らす小屋。小説「Catherine〜キャサリン〜」を書いてます。キャラは貸したり借りたり

Catherine~キャサリン~9 「ゴースト 1」

これが物心ついた瞬間というのだろうか。
気がつくと廃墟に寝そべっていた。冷たいコンクリートとざらざらした砂が頬を腫れさせる。
今まで何をしていたか、まったく思い出せない。
とりあえず、起き上がる。喉がゴロゴロ動くように、勝手に低い声がもれた。両手を見る。少し黒ずんだ擦り傷がある以外は普通だ。足を見る。両方ある。色の濃いジーンズに黒いベルト。口を親指で触れてみる。乾きかけた血がついた。顔全体を触れてみるが、あとは何もつかなかった。
「・・・?」
頭の中が文字通り、真っ白だ。
廃墟には白い光が粉々に割れた窓ガラスからさしこんで、辺り一面を明るくしている。灰色のコンクリートで出来た建物。傷や黒いしみ、隙間から生えてきたツタ、重そうな錆びた金属のドア、白い小さな洗面台と配管、その上につけられたヒビと苔だらけの小さな鏡、散らばるガラスの破片。何もかもが理解不能だ。
そして、全身が痛い。起き上がることしかできない。どうしてこうなっているのか、自分は誰なのか。
少々考えて気がついた。わからないのは自分のことだけだと。それ以外の知識は山ほど頭に叩き込まれている。そうなると、こうなる前の自分はかなりの勉強好きだったんだなと少し呆れてしまうほどだ。使えるのか使えないのか、色々な知識が頭に溢れていた。
さて。こんなこと後回しでもいいとして、ここはどこなんだろう。そして、自分は誰なんだろう。世に言う「記憶喪失」だろう。血がついていたことから、誰かに記憶喪失にされたか。あるいは事故か。でも、よくよく考えてみろ。この角度からこの割れた窓ガラスを突き破ってこうなったとは説明し難い。それに、自分の服にも体にも、ガラスの破片は見当たらない。
「・・・あ」
鏡が気になる。自分の顔を見ることができるだろうし、何か思い出せるかもしれない。
重たい体を引きずって鏡に近づく。ひっそりと白い洗面台に両手をつき、両足を踏ん張って立ち上がった。両足は筋肉痛のように痛み、腕は切られたように痛む。
顔をあげると、もう一人の自分がいた。右目は深い青、左目は薄い青の両面。髪は薄いブロンドで垂れている。顔からして男。右額から右顎にかけて、乾いた血が線を落としていた。どうやら思っていた以上に大怪我しているようだ。だが、頭の痛みは薄い。
他に目立った外傷は見当たらず、乾いた血を擦り落とせば何らかわりない、普通の男性に見えるだろう。血を落とそうと、右腕の服の袖をまくった。
「・・・あ・・・なんだこれ」
右腕の内側にはびっしりと切り傷が並んでいた。これはきっとリストカットだ。痛々しくピンクの傷もあれば、古傷もある。
俺はあまり人に見せまいと思いながら、血をはぎ落とした。

外に出てみても、あまり状況は変わらなかった。この廃墟は忘れ去られた場所同然らしく、まわりの建物は綺麗でもこの廃墟だけはとってつけたようだ。
最大の問題が浮かぶ。いく宛も家もわからない。
ふと、上着の中をあさった。黒いジャケットに青いギンガムチェックの厚手のシャツを重ね着した、いかにも普通の服装だ。ジャケットの内胸ポケットから、カードがでてきた。
身分証明証のようなものだが、どこか違う。
「・・・・・運転免許証?」
車とバイクが運転できるという証明証だった。そして、名前。
「・・・・・ヴァイゼ。ヴァイゼ・アルテミス」
口に出して自分の名前をいってはみるものの、なんの変化もない。さして何も思い出せなかった。
運転免許証をしまい、ズボンのポケットをさぐる。
財布らしき黄土色のケースが出てきた。小銭少々、札が9枚。それからクレジットカード。どのくらい入っているかわからないものを無闇に使うのはよくない。
「・・・・・・まずは銀行でどのくらい入っているか見ないとな」
ヴァイゼは財布をポケットへし舞い込んだ。

銀行になんとかたどり着いたヴァイゼは、その金額に絶句した。
「・・・なんてこった」
その一言に、隣に立っていた中年女性に「どうしたの?」と声をかけられた。それほどひどい顔をしていたのかと思い、ヴァイゼは女性に向かって笑顔で会釈した。
一生遊んで暮らせる。
そんな夢のような大金がクレジットカードには収まっていた。
呆然としながら、ヴァイゼは銀行をあとにする。こんなに大金がつまったカードを持っていると、誰かに狙われているのではないかと内心疑心暗鬼になりながらも、行き先のない足を早める。そして、ふと思い立った。
「・・・こんなにあるなら、今みたいな緊急時に使うべきだよな。自宅がわかるまで、モーテルかどこかにいればいい」

モーテルの無駄に広いベッドに仰向けで寝転んだ。
一体自分の中でもなにが起こっているのか。
なぜこんなにも、流れるように冷静でいられるのか。
なぜ自分の事だけぽっかりとわからないのか。
数々の謎が頭の中を巡りに巡り、どこから紐とけばいいのかわからない。目の前にぐしゃぐしゃに絡まりあった糸の塊をおかれた気分だ。
「・・・一体どうすれば」
口に出してはみるものの、いい案は浮かばない。両手を伸ばし、天井にかざす。少し血管の浮き出た両手の甲が気持ち小さく見える。
その両手でさえ、何なのかわからなくなりそうに、頭の中は混乱していた。
「・・・ん?」
右腕の奥で、何かが動いた。
ヴァイゼは右腕の袖をまくりあげ、リストカットの上に目をやる。
そこには、カラフルな革製のデフォルメされた花のブレスレットがさがっていた。パステルカラーの女々しい、少し色落ちしたブレスレット。
「・・・なんでこんなもの」
ヴァイゼの頭の中には、しなやかな髪色の髪を二つに分けて結んだ幼い顔をした女性がよぎった。
「・・・誰だっけ・・・娘?彼女か?」
考えを巡らしているうち、歩き疲れた事も手伝って、深い眠りに落ちた。
続く