Catherine〜キャサリン〜5 「キャサリン 5」
次の日、教室で起きた火が予想以上に燃え広がり、本日を含む一週間、クリスの通っていたクラスが学級閉鎖になった事を遅くもサリーから伝えられた。喜ぶべきか喜ばざるべきか。
「クリス、準備できたかしら?」
クリスの病室に今か今かと待ち飽きたサリーとキティが入ってきた。
「無理に動かない限りは散歩ぐらいいいって。まぁ、散歩程度じゃ済まさないけどね。それに、私はこっちの私たちのご主人の相手をするので手一杯なのよ」
キティが鼻高々と腕組みしてみせるが、大人っぽいサリーの笑いを誘う他なかった。
「ここよ」
病院を出て学校の前を通り、15分ほど歩いた場所にある道の隅に忘れられた路地裏。滅多に人が通ることはなく、通る人がいても近道として利用するだけだ。ゴミ箱とゴミが散乱し、もともと狭い道がさらに歩きづらい。ラブホテルと怪しげな雑貨屋の間の道だ。
「・・・このラブホテルと雑貨屋は・・・?」
「もちろん、アジトを作るためだけに作られた場所。雑貨屋の裏にドアがある。そこがアジト。ドアを6回ノック、合言葉は「麻薬と銃と悪魔」。ここが主に取り扱っているのは雑貨。だけどその裏は麻薬だ。そこらへんに売っている銃とはまた違う、強力な銃も売っているから」
怪しげな路地裏を伺うと、3人は雑貨屋の裏口に回った。キティは強くノートを握り締め、深い緑に錆びた茶色の金属製のドアを6回叩いた。
固く響くことのない金属音が6回。
奥でゴソゴソとなにか動く音が聞こえる。人がいるのは確実だ。しばらくの沈黙。クリスは緊張の汗を必死にこらえる。沈黙を破ったのはドアの奥からの声だった。
「合言葉をよこしな」
声は可愛らしい女の子の声をめいいっぱい大人っぽくしたようなやんちゃな声。クリスは驚きを隠しつつも合言葉を思い出す。
「「麻薬と銃と悪魔」。僕はここに来たのは初めてだよ。でも、警察なんたらの類じゃない」
「警察?あたしたちゃぁそんなものには恐れてないよ。確かに麻薬は売ってるけど、悪魔とお相手するにはあんまり知らなくていいことを知らなきゃならないもんでね。全世界の人々が思い知らされないように、隠れてるだけさ。入りな」
奥でガチャリと音が響く。キティがゆっくりとドアを押し開けると、そこは何もかもが錆びた茶色と黒でできた部屋だった。質素な小さな窓の前に机と椅子が2脚、広さは普通の家のリビングほどで、地下と2階につながる螺旋階段が奥に見えている。大きな本棚には所狭しと本が並べられ、もうひとつの大きな机の上には紙とペンが散らばっている。
そして、それを背景に黒い髪の女の子が一人。汚れた手袋をはめた手に大きなスパナを握ってたっている。黒くくすんだ緑色の目でしっかりと睨みこまれてキティは視線を泳がす。
「で、誰?」
「キャサリンの知り合い」
サリーが同じく淡々と答える。女の子は引かない。その色白の肌にはオイルのような黒や茶色っぽい物質が飛び散ったようにこびりついている。
「当の本人は?まさかイタズラできたんじゃないんでしょうね」
「キャサリンは死んだわ。これが証拠」
キティはノートを女の子に見せる。女の子は驚きで目を見開き、キティからノートを奪うと表紙をまじまじと見つめた。必死にノートを見てから、呆然と顔を上げる。
「うそ・・・・このノート、私にも見せてくんなかったのに・・・触らせてもくれなかったのに!」
女の子はクリス、キティ、サリーの順で3人を睨むと、玄関のドアをばたりとしめ、大きな机の方へ歩くとノートを机に叩きつけておいた。
「信じらんない。ごめん、最初の最初から話してもらってもいい?」
女の子はキティの説明を聞き終えると、ノートをじっと見つめた。
「・・・・キャサリンが言ってたことは本当なのね」
汚れた手袋を外しながら女の子はつぶやいた。
「言ってたことって?」
「ノートに書いたキャラクターたち・・・その一部があなた、サリーね。全部本物にするんだって、張り切ってた。そのこと話すときだけはイキイキしてた。ノートの中に書いた、自分の世界が全てだったのよ。キャサリンにとってはね」
サリーが壁に寄りかかったまま少し頭を垂れ、俯いた。ノートの中に見た目だけ描き上げられた人物でも、産んでくれた親のことを想う心を持っているようだった。
「どうしてあんたらはここに来たの?キャサリンがそう仕向けたの?」
クリスがキティの後ろから言う。
「違う。キティの叔母を悪魔にやられた。悪魔がいるんだ。キティも危険だったし、僕も怪我をしたんだ。悪魔と戦ってね。でも、ノートの中のキャラクター・・・ガールズ達が助けてくれた。それと教えてくれたんだ。キティが悪魔に狙われてるって」
「悪魔に狙われる?」
女の子はゆっくりとキティを眺め、睨んだ。
「悪魔は気まぐれなの。そこらへんに人がいれば殺す。狙うなんて・・・・なにか、悪魔にとって不利な能力を持つ人間は狙われて殺される。悪魔にとって得するような能力を持っている人は使うために誘拐される。あなた、何かすごい能力持ってるの?」
キティは焦りながら首を振る。
「でも、狙われてるのは確実よ。キャサリンの記憶にそう残ってる。キャサリンの記憶は私たちの記憶だもの」
サリーが答える。女の子は首をかしげ、大きくため息をついた。
「なぁんだかまた面倒なことになりそうね・・・ほかの仲間に助けてもらったほうがいいのかしら・・・」
キティは肩をすくめた。見かねた女の子は慌ててキティにノートを返す。ベリーショートに目立つアホ毛。鋭い目つき。体に巻くような胸当て一枚に、ツナギの上着を腰に巻き、ツナギにも肌にもオイルか何かのシミがついているが地肌は輝くほど白い。
「あ・・・あたしの名前はニーナよ。ニーナ・キャメロット。学校に行ったことないから、頭はバカだけど、銃のことなら何でも任せて頂戴!!ここらへんじゃガン・スミスって呼ばれてんのよ!仲間の敵だもの、協力する!!」
えへんと胸を張り、キティを見下す。キティはヒーローを見るように目を輝かせて立ち上がる。
「あたしはキティ。あいつがクリスで、あの子は黒髪サリー。よろしくねニーナ!」
「任せろってことよ!」
「僕の扱いひどいなぁ・・・まったく」
真っ黒の広いホールに華やかでカラフルなライトが辺りを照らし、女は男に寄り添い男は女を抱く。ビッチと変態しか集まらないこのバーは夜になると開店し、お陽さまと交代で眠りにつく。そして今夜も華やかに場は盛り上がる。
5人の少し老けた男がひとつのテーブルで酒を飲み合い、馬鹿笑いを続け、通りかかる美女にウィンクしては投げキスを返されるという行動を延々と繰り返していた。男に女を選ぶ権利はない。それがここのルールだ。
「はぁい、おじ様方♡」
灰色のスーパーロング、右目に厳重に巻かれた包帯と、豊満な胸にほっそりした手足。正真正銘のナイスボディに大きく見開かれた瞳を潤わせた美人。並んで座る5人とテーブルを挟んでたっている。テーブルの上に両肘と胸をのせると誘うように一人の男の顎を指でなぞる。
「お嬢さん。どしたかいね?男に飢えてんだろ?」
一人が冗談を飛ばし、4人は大きく笑った。大きく息を吸うと、色っぽく語りだす。
「私ねぇ、一体一でやるより、大人数に責められるのがタイプなのぉ。そうそう、おりいってお願いがあるのよおじ様」
一人の男の膝の上に座り、色っぽく男の右肩に頭を乗せ、太ももを撫でる。他の男が灰色の髪をつまみ、もうひとりの男が手を取る。
「あたしね、宿無しなの。お金も持ってないし、困ってるの。持ってるの身体だけでね。もしよかったら今夜ひと晩だけ、おじ様たちの寝床に泊めてほしいなぁなんて!」
「歓迎するよお嬢さん」
「本当!?ありがとぉ。嬉しいなぁ」
そして男から頭を上げると、男の唇に人差し指を置く。
「お嬢さんて呼ぶのは終わり。もっと親しく呼んでよ。マリアって♫」