Bana's diary

Banaがのんき気ままに暮らす小屋。小説「Catherine〜キャサリン〜」を書いてます。キャラは貸したり借りたり

Catherine〜キャサリン〜7 「ヒョウキ・リディア 1」

「死神狩り・・・恐ろしいことをよく言うなお前は」

「リディアこそ俺のことお前って言ってるじゃんー」

子供のように両頬を膨らませてヒョウキは悪態をついた。

「冗談でも死神を殺せるなど私の前で言うんじゃない」

「冗談なんかじゃないよ、リディアちゃん♪」

銃をおもちゃのように弄びながらにぃっと笑う。オレンジ色に揺らめく銀髪が否応なく恐怖を奮い立たせる。「バカバカしい」とリディアはギターケースを肩にかけた。

「なぁんでわかってくれないんだよぉ!俺が何人の死神をぶっ殺してきたか、わかってんのぉ!?何百人とだよ!?この世の死神は俺の敵!!」

「じゃあなぜ殺し続ける?もう気が晴れただろう。他人には殺せないお前なんだから、そろそろ荷を降ろして死んだらどうだ?」

シャレにもならないブラックジョークを叩きつけるリディアに向かって「うッ」と呻くと、人差し指を掲げる。

「俺には絶対に仕留めないといけない敵がいるんだよ」

「誰だよ。私か?」

「違うなぁ」

ヒョウキは不気味に頭を垂れる。リディアは金色のドアノブに手をかけたまま、答えを急かすように片足で床を叩いた。すいっと頭を上げると、リディアを振り向く。

「もうひとりの俺だ」

「もうひとり?」

「俺のクローン。別に恨みがあるわけじゃない、恨みなんて持ってたって荷物だしな。ただ殺しておきたいだけだ。魂をな」

「魂?なんだ、死んでいるのか」

「魂がさまよってちゃあ、俺の顔に泥塗るのと同じだぜ・・・」

急に低く、冷たくなった声。凍える銀色と青がさらにそれを引き立てた。リディアは少しためらったあと、ドアから離れギターケースを放り投げる。中から細い棒のようなものがガシャンと音を立てるのが聞こえた。リディアはヒョウキに寄り添うようにソファの隣に座ると、ヒョウキの顔を撫で、桜色の唇でそっと頬にキスした。

ヒョウキが頬に沿われていたリディアの手を握る。

「あんたが怒るとソワソワする」

リディアは目を細めた。

「どうしてだ?」

難しい顔をしてヒョウキはリディアの頭を撫でる。

「普段お前は私に優しすぎるから・・・・・あの時だってさ」苦い思い出を思い出したリディアは苦虫を噛み潰したように唇を噛み締め、眉をひそめ、目を薄くした。左手はヒョウキに掴まれ、右手はまだヒョウキの頬を触れたままだ。

「私が・・・・相棒を・・・・グレイアムを亡くしたとき、わかってるだろ?見ず知らずの私に話しかけたのは、あんただろヒョウキ」

悪魔狩りで相棒で肉親であったグレイアムを生きたまま火炙りのような形で、目の前で亡くしてしまったリディアは当時、憔悴しきっていた。もともと両親の仇を討つために悪魔狩りを買って出ているというのに、これじゃあ同じことだとなんどもなんども悩んだ。大切な人ばかり、いなくなっていく。守れない。自分のか弱さに、リディアは潰されかけていた。

「そうだな・・・何年前だ?」

「3年前だ。髪が銀色だったのは本当に驚いたよ、私と同じ精神に問題があって入院してる奴の一人かと思った」

ヒョウキは「そうか?」と自分の髪をクシャクシャに撫でる。リディアは幸せそうに微笑んで、クシャクシャにされた髪を撫で付けた。

「あの時は・・・なんて言うかな・・・お前に呼ばれたような気がしたんだ。なぜか、リディアっていう名前まで分かった。俺の変な特技なんだ、見た人の名前がわかる。一字一句間違えずにな。窓の外を眺めてるお前は後ろ頭しか見えなかったのを今でも覚えているよ、目に焼き付いてて離れないんだ」

白い毛布を手で力強く握り締め、窓の外を眺めるリディア。肩が小刻みに震えているのに気がついたヒョウキは、その患者がどれほどの恐怖を味わったかを考え始めていた。そして、その患者の握り締めている毛布がだんだんと赤くなるのに気がついた。

「はじめてあんたが話しかけてくれた時は、なぜだかホッとしたよ。まぁ、あの時はただ単に私が拳を握り締めすぎていたせいで爪が食い込んで血が出てて、お前がそれに気がついて慌ててたからだったけどな」

リディアがふにゃっと笑うと、ヒョウキは少し照れたようにリディアの頬に手をかけた。ヒョウキが唇にキスすると、リディアもつられて目をつぶった。

「・・・プリンの代わり」

「プリンはプリン、キスはキスだろ?」

意地悪そうに笑うリディアに冗談半分で悪態をつくと、ヒョウキはもう一度リディアの頭を撫でた。リディアは寂しそうに小さくつぶやく。

「・・・だから、そんな優しすぎるお前だから。相棒だから。ヒョウキだから。怒ると怖いんだ。心配なんだよ。私の周りで次々人が死んでいってるっていうのに、大切で愛しいお前なんかを私の周りに置いていいのかって。そして怒らせて・・・」

リディアは固く目をつぶると、両親とグレイアムの姿を瞼の裏に映した。

「私は人間だけれど、鎌を持ってる。それに、周りの人がどんどん死んでく。大昔にいた「最悪の死神」に見立てて、私のことを「最悪の女神」って罵る奴もいる。お前が・・・私の近くにいて・・・もしも・・・」

「大丈夫だ、リディア。現に俺は死んでない!生きてるだろ?相棒を捨てて死ぬような奴じゃないぜ、俺はさ。だから全部任せろ。絶対に死なせない、死なない。お前は不幸を知りすぎだもんな。俺が幸せってやつを教えてやるよ!」

ヒョウキが笑いながらリディアの背中を叩く。リディアはヒョウキを見つめながら、自分の愚かさを再び思い知らされ、胸が苦しくなった。

 「全くお前は・・・・気楽でいいな」

「なッ!?は、励ましてるんですけど、リディアさん!?」

馬鹿にしたように笑うリディアを見てホッと胸をなでおろしたものの、よもや今からビルの上から飛び降りたり、首をつったり、海に飛び込んだり、線路に飛び出したりするのは人間である以上リディアには簡単なことである。

ヒョウキはそれを忘れずに再確信しながら、出かけていくリディアの背中を愛おしそうに眺めた。

 

リディアは小さな背中に大きなギターケースを添え、丈の長いブーツでつかつかと路地裏を歩く。排気ガスが飛び散るパイプ。既に原型をとどめていないゴミの山小さな虫。汚れだらけの建物の壁。ゴミ箱の羅列。影ばかりだ。

「マリア」

前方から優雅に歩いてこちらに向かってくる、浅い黒のスーパーロングヘア。包帯を固く巻かれた目はぷっくりと膨張している。まさに今ヤリおえたと言わんばかりの紫のワンピース、黒のブーツ、片手には茶色い上着、片手には黒いバッグ。この場にはなんとも不自然だった。

「あぁら、ハローリディア」

「そろそろ返してよ。借金。何ヶ月待ったと思ってるの?」

ふふん、と鼻を鳴らすマリアにリディアはイラつきを覚えた。

「返すわよ、返せばいいんでしょう?」

マリアは残念そうに黒のハンドバッグをリディアに向かって投げた。黒いジッパーの先には何十個もの札束がゴロゴロ転がっていた。

「ちぇ。昨日頑張ってためたっていうのに・・・はじめからになっちゃったじゃない」

「借りる方が悪い、でしょう・・・ねぇ、マリア。いつまで待てばいいのかしら」

リディアは両腕を組んで後ろめたそうに右足元に視線を落とした。マリアはその様子を見て、舌をちろりと出す。上着を羽織ると、偉そうに片足を前に突き出す。

「まぁそう焦らない焦らない。焦ってたって、いい結果は出ないわ、わかるでしょ?まず、そうねぇ・・・お金無いのよ私は。でもあんたお金持ってるでしょ?違う?」

リディアはとっさに左手をポケットに突っ込む。その様子を、マリアは見逃さなかった。

「その指輪、ちょーだい♡」

「だッ・・・・だめよ!!これはッ・・・・・」

リディアは怒りで顔が真っ赤になった。そして、片手を口に当て、激しく咳き込み出す。マリアの口の端は徐々に目に近づいてゆく。リディアは息を荒らげ、マリアを睨む。

「こッ・・・・この指輪・・・はッ・・・・・ケホッ・・・・・ヒョウキが、ヒョウキがくれたも・・・・のだから、絶対にダメ・・・ッだめ!」

「ヒョウキとグレイアム、どっちが大事?」

リディアは身震いした。

「ッ・・・・たくさんあげたじゃない!!私の内蔵の一部を売ったお金があるでしょう!?どうして・・・グレイアムは戻ってこないの!?言うことを聞けば、グレイアムを生き返らせてあげるって言ったじゃない!!!!」

大声を張り上げると、また苦しそうに咳き込みだした。そして、ゆっくりとギターケースを降ろす。

「わかった・・・・わかったわ、鎌をあげる。私の鎌。グレイアムと同じぐらい大切なもの・・・だから、グレイアムを生き返らせて・・・・・マリア、お願い・・・グレイアムを」

マリアはリディアの前髪を鷲掴みにすると、その腹めがけて膝蹴りを食い込ませた。リディアの体はくの字に曲がり、口から唾液と血液が混じって飛び出した。マリアが手を離すとリディアはその場に崩れ落ち、腹を抑えて咳き込む。

「私、条件を満たさない上に急かされるの嫌いなの。まあ、いらないって言うんなら貰ってくわ」

マリアはギターケースを拾うと、リディアを残して汚い路地裏を後にした。

血と唾液を吐き出しながら、リディアは小さくヒョウキに助けを求めていた。

続く