Bana's diary

Banaがのんき気ままに暮らす小屋。小説「Catherine〜キャサリン〜」を書いてます。キャラは貸したり借りたり

Catherine〜キャサリン〜6 「キャサリン 6」

 「まだ夢みたいだ」

ニーナの横でクリスは虚ろに呟いた。ひとり暮らしのクリスはアジトに泊まってニーナから銃の扱い方を教わることになった。キティはホテルに帰り、離れるわけにはいかないとサリーもついて行ってしまった。

ニーナと二人きりのアジトは広く感じる。二人がまだ幼い高校生というのも理由の一つである。

「アジトっていうことはほかにもいるんだよね?」

ニーナは真っ黒の銃身を錆びた茶色のクロスで丁寧に拭いながら笑った。

「もちろん。でも、自分の家を持ってる人は全然ここには来ない。仕事がなくなった時だけ情報を集りに来るわ。家がない人はここに寝泊まりするけど、今はあいにくお仕事中。男も女もいるのよ。あわせて20人ぐらい?不思議な人もいる」

「不思議な人って?」

爪と肉の間にこびりついて乾いてしまった絵の具をこさぎ取りながらクリスは頭を垂れた。重たい銃身を冗談めかしてクリスに向け、にいっと笑うニーナはどこか悲しげだった。手の甲で叩くようにそれをどかすと、クリスはその薄い悲しげな雰囲気がなぜ漂っているのか探ろうとした。だが、明るいニーナの中にそんなものが見える訳もなく、クリスは再び床を見る。

「本当に不思議な人。この間、ここに紹介されて所属した人。なんていう名前だったっけ・・・・・・・・・ヒョウキ!そう、ヒョウキよ。日本人らしいけど、目の色が青だからきっとハーフね。髪の毛が銀色でね。銀は悪魔を追い払うからね。その象徴として染めているのかもしれないけど、はたから見たらただの悪趣味よ。よくあの頭で外に出れるなぁって思うほど。もちろん大人。でも、かっこいいのよ。服のセンスはこのアジトで一番。でも、いつも急に出てきて急に帰っちゃう。おまけに意味不明なことしか言わないし。あたしは嫌いなタイプだなぁ」

銀の髪。青い目。悪魔を追い払う。意味不明。ヒョウキ。

なんだか、本当に足を踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れてしまったという感覚にひどく襲われたクリスは吐き気さえ催した。同じ事態にキティが陥っていることを思い出し、クリスは自分を奮い立たせた。

 

「ニーナ、あたしよ。キティ」

ニーナがキティと朝日を迎えるべく、ドアを開けた。入ってきたのはキティと朝日で薄く照らされて路地だったのだが。肩にリュックをかけている。

前日と同じ服を着ているニーナを見て、キティは目を細めた。

「お風呂・・・入った?」

「え?入ってないよーどうせ銃の整備してたら汚れちゃうしー洗濯物増やしたくないから服替えないしーこんな生活してたら、4日は風呂に入らないよね」

クリスもその点は目をつぶっていたが、こじ開けられることになる。母親に毎日体を清潔にしなさいと耳にタコができるほど言いつけられていたクリスは、初めて入ったアジトでさえも、風呂を借りたしまつだ。だが、ニーナは入っていない。クリスも声をかけたが、「あーいいのいいの、どうせ汚れちゃうから」の一言で打ちのめされた。

キティがわなわな震え始めた。

「・・・・ねぇキティどうしたの?これから作戦立てるんでしょ?キ」

「今すぐお風呂に入ってニーナァッ!!!!」

キティは見るからに汚れて古ぼけた作業着を指さして言った。ニーナは目を丸くしてカッカしているキティを見る。やってしまったと言わんばかりにクリスは両手で目を隠す。

「女の子がそんなんでいいのッ!?おかしいわよ、4日もよ!?4日!!今すぐお風呂に入って!その手で触らないで!近寄らないで汚いのが移っちゃう!!」

「な、ななななな、何それひっどーい!!!」

ニーナは怒りながらも椅子に掛けてある服の中から派手なピンクと白のストライプ柄のオーバーオールとハイネックの真っ黒の服を掴むと舌を出して階段を駆け下りていった。

「あ!待って、私が徹底的に洗ってあげる!!」

キティはこの世で1番の潔癖性だという一番大切なことを言い忘れていたクリスは自分を責め、心の中で小さくニーナに謝った。そのあと「でもそれはお前も悪い」と付け加えて。

「な、なんでぇ!!?お風呂ぐらい一人でッ・・・・ちょ、やめろ変態ッ!!!」

ニーナの悲鳴とキティの怒声が聞こえる。

「おい!!僕が男だって、忘れてないッ!!?」

いつしかクリスの涙声も混じっていた。

 

床の下から水の跳ねる音が響いてくる。足を踏み鳴らし、退屈そうに待っていると錆びたドアが6回ノックされた。クリスはびくりと肩を跳ね、とっさにニーナが磨いていた黒い銃に手が伸びていた。昨夜頭が破裂するほど扱い方を教わったのだ。

そっとドアに近づき、耳をそばだてる。

「名前は?」

何を聞けばいいかわからなかったが、合言葉と名前ぐらいは聞いたほうがいいと頭がよぎった。

「・・・はぁ。名前?・・・オレだよ、ヒョウキ」

クリスは昨夜ニーナの話に「ヒョウキ」という名前が出てきたことを思い出した。本当に髪の毛が銀色になっているのだろうか?目は本当に青いのだろうか?

そんなどうでもいい疑問が湧いたが、クリスはすぐに我に返る。

「合言葉は?」

「えーっとなんだっけ・・・・ここの合言葉は・・・そうそう、麻薬と銃と悪魔。なんてありきたりなんだ」

続けざまにぶつぶつとつぶやいている。完全に頭のおかしそうな人だ。クリスはその独り言に聞き入っていたが、内容があまりにも深すぎて逆に何が言いたいのかさっぱりわからない。ドアを開ければ襲い掛かってきそうなのが一番怖い。

「なぁ、早く開けてくれよ。言ったろ?合言葉」

クリスは慌ててドアの鍵を開ける。ドアを開けた先には、長身の若い男が立っていた。

「あぁ、ありがとう。なんだ、見たことないな」

銀色のたれた髪に黒縁の眼鏡。いかにもチャラチャラしてそうだ。おしゃれに青と黒と白のチェックのスカーフを巻き、底の厚い黒のブーツを履いている。もともと通常より小さいドアを膝を折ってくぐり抜け、近くに置かれたソファに偉そうに座る。クリスはドアの鍵を閉めた。

階段からドタドタと音がし、ニーナとキティが顔をのぞかせた。

ニーナの頭には半濡れのタオルが広げてあり、嫌な顔つきでニーナが自分の髪を乾かしている。キティは満足と言わんばかりの顔だ。

「よ、ニーナ。頼んでた銃はどこだ?」

「来てたのね。えーっと・・・・・クリスが持ってるそれ」

クリスは自分が銃を握っているということをすっかり忘れており、「あ」と声を漏らした。ヒョウキは驚いた目でクリスを見る。その見開かれた目は深い青だ。何もかも飲み込んで、深い深い海底に縛り付ける冷たい海のよう。

ヒョウキは親切そうにニッと笑うとクリスに向かって手を差し伸べた。

「あ、あ、ごめんなさい・・・」

クリスはヒョウキの手に銃を置いた。ヒョウキはまるで吸い込むように、不可思議で滑らかな手つきで受け取ると、銃を膝の上に置いてもう一度手を差し伸べた。

「そうじゃなくて。よろしくクリス・フロストフェロー君♪」

目の下の深いクマはニコッと笑ったヒョウキの顔に影を落としていた。クリスは手を握ると照れたように微笑んで「よろしく」と返した。

「じゃ、ここに来たのは銃を受け取りに来ただけだから。おいとまするぜ」

「いっつもそれね。フラフラして何してるの?」

「変なもの観察♪」

歯を見せて笑う表情はどこか悪質で、背筋に氷が這うようだった。

ヒョウキはクリスの横をすり抜け、ドアに手をかけてからクリスだけに聞こえるように、小さく耳打ちするようにつぶやいた。

「君、もってるねぇ。また会おうね?」

重々しく開かれたドアを、風がばたりと閉めた。ニーナが大きくため息をつく。

「本当に変な奴」

「どこが変なのよ?少しかっこよかったし。ねぇ、クリス?」

ニーナは呆れてキティを指差す。

「馬鹿ね。あたしさぁ、「クリス」としか言ってないよね?なのにあいつはクリスと握手するとき、「クリス・フロストフェロー君」って言ったんだよ?フロストフェローって、苗字だよね?」

クリスはこくりと頷き、握手をした左手を見つめた。キティは呆然としたあと「そういえば」と小首をかしげていた。

 

「やっぱりニーナが銃を手がけてくれると安心だ。ジャム(弾がつまること)ったりもしないしさ」

昼間だというのに無理やり暗くしたような部屋で、オレンジ色のライトに銃をかざしながらヒョウキはまた笑った。おまけに丹念に磨き込んである。

「そんな子供に、銃の整備を任せているようじゃあ人間としても失格だな。お前は」

深い茶色を首につかないように内巻きショートにした髪が、オレンジ色のライトに映える。深い茶色の目は、明るさによって真紅にも見える。髪の色から目の色、性格までヒョウキと正反対だ。

「自分でする分は自分でしてるだろ?ニーナみたいに細かいことができないんだよ」

「だからって子供に頼むことはない。大人に頼めばいいものを」

「まぁまぁ。気にしすぎなんだよ、お前は」

「お前と呼ぶな。私にはちゃんとリディアという名前があるだろうが」

リディアはヒョウキの頭を軽く小突いた。

「そんな物騒なもの持ってフラフラするのはやめろ。見つかったらどうするんだ」

「リディアだって、あの刃が折りたたみみたいな鎌をいっつもギターケースに入れて持ち歩いてるだろ!ていうか、そっちのほうが危ないからな!一体何やってるんだよ・・・」

「仕事だ」

リディアは両腕を組み、鼻の頭を睨むように目を鋭くした。復讐するために。仕返しをするために。敵を取るために。リディアは鎌を掴む。それをリディアは「仕事だ」と言い張っていた。悪魔狩りをしているのはほぼ復讐のためだということを、ヒョウキは知ってか知らずか、子供を見るようにしょうがなく笑った。

「お前こそ、ふらふらするんじゃあない。私の仕事の大切な時にいなくなってもらっちゃあ、私の大切な相棒として困る。いつも言ってるだろう、私は一度相棒をなくしてしまったんだよ。もう少し考えろ。あと、私のプリンを勝手に食べるな」

「はいはい、従いますよしたがえばいいんでしょぉ〜」

適当に返事をするヒョウキをリディアは睨みつけた。

「で、いつもさまよって何してるんだ」

「ん?変なもの観察・・・・・・と、死神狩り♡」

続く