Bana's diary

Banaがのんき気ままに暮らす小屋。小説「Catherine〜キャサリン〜」を書いてます。キャラは貸したり借りたり

Catherine〜キャサリン〜8 「ヒョウキ・リディア 2」

頬に少ない土がへばりつき、不愉快きまわりない。少しの間、意識を失っていたのか、あたりはじんわりと暗くなっていた。ポケットをまさぐるが、時計は出てこない。先週にマリアに取られたのを思い出し、ため息をつく。

リディアはぶるぶるとせわしなく震える腕を柱に上半身を無理矢理起こした。背骨と脇腹、腹が激しい痛みに震える。不規則に電気を流されているかのように、大きくぶるっと震わせながらやっとの思いで立ち上がった。悪魔狩りをしようと足を伸ばしたが、もう体力もなくなり、歩いて帰るというのに足が言う事を聞かなくなっていた。おまけに鎌もない。

リディアは恥ずかしそうに小さく笑う。

「・・・・帰るか」

 

小さなマンションの一人暮らし用の部屋に二人で住んでいても窮屈とは感じなかった。もしかしたら、慣れてしまっているのかもしれない。そうだとしたら、どんなに情けないか。

ドアを開けると、いつものソファに仰向けに横になり顔面にゴシップ雑誌をのせたヒョウキが可愛らしい寝息を立てていた。リディアが帰ってきた気配に気付いたのか、むくりと起き上がり、片目をこする。リディアのコートが泥まみれになっているのを目にすると、目を皿にした。

「リ・・・・ディア?どうしたんだ、それ?怪我でもしたか!?」

「そんなわけ無いだろうが・・・・子供じゃあるまいし。転んだだけだ」

「十分子供っぽい理由だぞ!?」

ヒョウキは矛盾する返答に焦りに焦りまくっていた。リディアの右頬に擦り傷があるのを見ると、ヒョウキは唇を噛み締めた。

「誰にやられた・・・・?」

嫌気に低いその声に、リディアは震え上がった。ヒョウキはリディアの華奢な両肩を力強く握り締め、問いただすように同じ言葉を繰り返す。

「誰にやられたんだリディア・・・教えろ」

「誰って・・・・悪魔だよ、もう退治した。何をムキになってるんだ、ヒョウキ」

リディアは平静を装ってヒョウキから逃げた。念を押すように険しい顔付きになる。

「もう退治した、この世にはいないよ。ちょっと油断してたのよ、誰にでもあるでしょう?」

少し咳をしながらリディアはヒョウキから離れた。

 

ヒョウキはリディアと入れ違うに出かけ、真っ暗な中さらに更けていく真夜中に酔いしれていた。真っ黒の夜空の下にぽつぽつきらめく数々の色のライトが目の奥を刺激して気分が悪くなりそうだ。その街の一番高いオフィスビルの屋上でヒョウキはニコニコしながら絶景を見下ろしていた。もちろん、そこで働いているわけでも関係しているわけでもない。見つかれば警察ザタだ。そんなことお構いなしにヒョウキはクマに抱き上げられた青い瞳を薄める。真っ黒で空が包む月がうっすらとあたりを明るくしている中、

ヒョウキの血は飛び散った。

腹のど真ん中を縦に綺麗に割られ、うっすらと開けられた唇の僅かな隙間から血反吐がゆっくりと流れ落ちた。真夜中に無理やり起こされた幼稚園児のように、ヒョウキは顔を歪め、唇をつり上げて、少し後ずさった。

「ちょっと乱雑すぎるよ。背中を急に刺すより、想定外の前からご登場!ってな感じで。もっとスパイス効かせて欲しかったな」

「あぁ?」

鎌はヒョウキに刺さったまま持ち上げられ、ヒョウキの体は腹の真ん中から頭の先まで縦に裂けた。その死骸が鈍い音を立てて硬い屋上のなめらかなコンクリートに叩きつけられる。細身の鎌は宙で素早く振られ、血を周囲に撒き散らす。

その血はぬくもりもなく、赤黒くもなく。地に叩きつけられた途端、ただの鋭い氷の粒手となった。鎌の持ち主、サイド・ニーバンスは、はじめは奇妙な目つきでそれを見届けたが、すぐにふっと真顔に戻った。

そして、ヒョウキは何事もなかったかのように、無傷のまま立ち上がり、サイドのほうを向いてニッと笑った。冷めた色の銀髪が、サイドの暗い髪の色も手伝って無駄に明るく見える。

「俺が何言いたいか、わかってるよな」

サイドは更にヒョウキを睨むが、当の本人はただただ笑ってみせるだけ。

「キリオはどこ行ったんだ。最近、目にしないと思ったら気配そのものが消えてな。お前なら何か知ってるだろ?」

「なんだそれ?親友と同じ顔の俺を殺せるわけ?」

サイドは伏せ目がちに俯いたが、目の鋭さは消えていなかった。

「髪の色が違うだけで、かなり違うんだぜ。その顔に銀髪なら、はらわた煮えくり返るぐらいイラつくんでね。どこにいるか、教えろ」

「そっか!ならこれならどうだ?」

ヒョウキが人差し指でちょんと頭をつつくと、髪の色は薄い金髪になった。ショートカットに不自然に右耳の周りだけ肩につくぐらい長い髪は、鮮やかに月に反射する。ショートカットの右側にとってつけたような髪だ。

サイドは苦虫を噛み潰したような顔をすると、鎌をヒョウキの首先にかざした。

「お前の遊びに付き合ってる暇ねぇんだよ!!頭のイカレタ野郎は精神科にでも突っ込まれてろ!!俺の質問に答えろこのノロマ!!」

「そんなにいっぱい言われたらわっけわかんないぜ、サイドちゃん♪」

ち、と舌打ちするとサイドは鎌を引っ込める。

「じゃあ一つずつ説明してやるよ、脳内花畑め。もう一人のお前はどこに行った?

 ヒョウキは馬鹿にしたように人差し指をくるくると自分の目の前で回し、「あー、そんなこと?」とでも言うように、余裕ありげに笑う。

「死んだよ」

その一言でサイドは打ちひしがれたように目を丸くした。

しばらくの沈黙のあと、サイドの手は小さく震えだした。それを隠すようにまた鎌をヒョウキに向け、笑顔を返すことなくただ睨みつけた。

「・・・・お前が殺したのか?」

「なんでだよ!!」

「なんで・・・って、お前以外ありえないだろ。あいつを殺すなんて」

ヒョウキはけらけらと笑う。夜中にその声は響き渡り、長く聞こえた。

「安心しろよ!!あいつはまだこの世にいるぜ。浮遊霊っつー形でな」

サイドは顔を上げたが、やがてしかめっ面をする。

「テメェ・・・あいつの魂を消すつもりだろ!!?」

「そぉに決まってんじゃん!!あいつさえ生まれてこなければ、俺は俺が生きていた時代にちゃんと死ぬことができた!!だけどあいつが生まれてきたから俺は死に方もわからずにフラフラ彷徨ってんだぜ!?ソウルイーターだって、俺の体には効かないしよぉ!!」

テストの点数がかなり悪かったことに開き直るかのように、ヒョウキはバカ笑いしながらそう告げる。サイドの表情にさらに雲が走る。悟るようにサイドがつぶやく。

「もしお前がそんな事しようもんなら、そんなことができない体にしてやるぞ」

「やれるもんならやってみろよ」

突然、ヒョウキの声がドス低くなる。

「でも、まぁあいつがまたお前に会いに来るような機会はねーよ」

「はぁ?」

サイドが驚いて眉をひそめると、ヒョウキはまた笑った。

「あいつはもう全部捨てたんだ。全てを捨てた。死んだその時から。ガキ死神のフィリ・ファルチェ・アンジェロと愛鎌のジルエット・タロンみたいにな。もう記憶の欠片もない。生きすぎた死神は死んで浮遊霊になる。自分がゴーストだって分かっても、生前が死神だったなんてわからないだろうな。生前、自分が死神だったとわかるまで、ずっと彷徨い続けるんだぜ。これぞ最悪の死神の第二の人生!素敵なタイトルだと思わねーか?」

にぃっと不気味な笑みを浮かべると、サイドの表情を弄ぶように眺めた。

「俺だって今すぐあの浮遊霊を殺したいね!!だがまだ手をつけないのはなんでだと思う?」

ヒョウキがゆっくりと立ち尽くすサイドの周りを歩き出す。

「簡単だ。場所がわからねぇんだ!わかってたら今この時間にはもう俺が手をかけてる。タイムリミットはわからない。あいつが、自分は死神だったということを思い出せば勝手に成仏するからな。あんたもせいぜい頑張りな」

ヒョウキが振り向いたその先に、もうサイドの姿はなかった。

続く