Catherine〜キャサリン〜1 「キャサリン 1」
病室に入り、一息入れると僕はなぜ花束を持って、同性の患者と向き合っているのかがわからなくなってきた。
「入院するぐらいの大事、しでかしたの?」
「さぁ。よくわからないよ」
クリス・フロストフェローは学校で同じクラスである友達、ハル・スカイハートが入院したという報告を担任から受け、クラスの代表として病院に向かった。が、代表はもう一人いる。恥ずかしいからといって病室には入ってこないが。ハルは花束を見て鼻で笑った。
「もうすぐ退院さ。花束なんて眺めてる時間はないね」
クリスもつられて笑うと、パイプ椅子を引き座った。ハルのピンクがかかった髪色と鋭い目つきはクリスの栗色のやわらかい髪とまったりとした深い青い目とは似ても似つかなかった。だが、どこかで二人は同性としての魅力に惹かれていた。クリスは強いハルに憧れ、ハルは優しいクリスを尊敬していた。
「この花束、僕からじゃない。キティからだよ」
「キティ?あぁ、そっか。なら貰わねーとな」
「女の子からは別腹ってか?」
「そんなんじゃねーよ」
キティは病院に着いた途端、ハルと顔を合わせるのが恥ずかしいからと全てを投げやりにクリスに押し付けた。ここが病院だったとは、クリスもキティも知らなかった。
「あ、それと悲しい一つ報告が」
「どした?」
ハルがキョトンとした顔をする。
「隣のクラスに、キャサリンっていう子いたろ?その子が亡くなったんだ」
正直、クリスも驚いていた。若いうちに同じ学校の生徒が死ぬとは思ってもいなかった。まだ死を深く考えたこともないクリスにとって、死ぬとは恐ろしいことだ。ハルは何食わぬ顔だ。
「ふーん。そいつ、あんまり知らねぇや。どんな子だったかなぁ・・・」
「真っ黒のスーパーロングでさ。前髪も長くて。いっつも一人でノートに絵をかいてた子。気味悪がられてたけど、あれはどう考えても周りに馴染めないから暇つぶしに絵を描いているようなもんだ。可哀想な子だよ」
クリスが落ち込んでいると、ハルが肩を叩いた。
「お前って本当にすごい。知らない奴が死んで、落ち込めるんだな」
「当たり前だろ。同じ人類が一人いなくなったんだ。死に一歩迫った感じがして、嫌なんだよ」
その言葉はハルの胸に突き刺さるもさして痛みにはならなかった。クリスは微笑んで椅子から立ち上がった。
「じゃあ、また。学校で」
「じゃあな」
ハルの元気な姿を目に焼き付けたクリスは病室を後にした。
「どうだった?お花、気に入ってくれてた?」
病室を出た瞬間、キティが目を輝かせて食らいついてきた。キティと幼馴染に生まれてきたことを恨んでしまう。
「あぁ、微妙」
「微妙ってなに?もっと詳しく教えてよ!」
キティ・ジャズマンは密かにハルに想いを寄せ、その思いを伝えきれずにいる。だからといってクリスを引きずり回し、しまいにはハルとクリスの男の絆が強くなっただけで、他は何も変わらない。そんな時間がずっと過ぎていくだけである。明るい金髪を肩までウェーブをかけて伸ばし、前髪は三つ編みにして右に流している。目はうるうるとした茶色で、瞳は大きく美人な方だ。少し男勝りな面があり、考えは貫き通す。
「じゃあ、普通」
「もう・・・」
キティは頬を膨らませながら病院を出て、立ち止まった。
「・・・・・ねぇ、キャサリンの家に行かない?」
「急にどうして?」
キティはキャサリンと仲が特別良かったわけではないが、たまに話しかけて話したり、同じグループで活動しているところを度々見た。キティは自分のフォローでキャサリンが明るい子になってくれはしないかと密かに期待を膨らませていたのだ。だがその期待も虚しく、キャサリンは自殺という形でこの世を去った。
「キャサリンとはちょっとだけ仲が良かったの。自分の嫌なことを話してくれたし、私の嫌なことに共感してくれてた。自殺でなくなっちゃうなんて、悲しい・・・」
キティは俯いた。その俯いた先にある、胸元のペンダントを握り締めて。キティの両親は離婚し、キティを引き取った父親は他界してしまったが、父親が残した莫大な財産でキティは生きている。父親が誕生日プレゼントにとお揃いのペンダントをキティに贈り、キティは喜んでいたが父親が亡くなったのはそのすぐあとだった。
「・・・・なら行こうか。僕もこのあと何もないしさ。キティが好きないようにしていいよ」
クリスの顔を覗き込み、嬉しそうにキティは首を縦に振った。
「お邪魔します。こんな時に、すみません」
二人を迎えてくれたのはスキンヘッドの背の高い大人だった。
「いいさ。妹もきっと喜んでいるよ。部屋に行ってやってくれ。あの時のままにしてある」
かなり歳の離れた兄なのだろう。少しやつれた顔をし、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます」
クリスとキティはキャサリンの部屋に足を踏み入れた。薄緑のカーテン、窓が二つ。机とスタンドライト、緑の毛布がかかったベッド、薄緑の人形、筆箱、そして小さな机の上にはカッターの刃が散らばっていた。
「彼女、緑が好きだったの。特に淡い色のね」
キティは懐かしそうに机を撫でた。まだ分かれて2日めだが。
ふと、クリスは机の上に薄緑のノートを見つけ、指差した。
「このノートって?」
「あぁ、キャサリンの落書き帳よ。ちょっと気味悪い女の子たちを描くのが好きだったの」
キティがノートを広げて見せた。前髪で目が隠れ口から血を垂らす女の子、ショートカットで前髪にウェーブがかかり左目には安全ピン頭には包丁が刺さった女の子、灰色のスーパーロングで左目の眼球が飛び出て宙をさまよっている女の子、両手がなく血まみれの両手がツインテールの女の子の両脇を楽しそうに飛び交う絵、左目が前髪で隠れポニーテイルに白目の女の子。
確かにどれも不気味でグロテスクな子ばかりだ。
「私、この子達のことキャサリン・ガールズって呼んでるの。見た目はグロテスクでも、キャサリンがこの子達を使って書いた漫画はシュールで面白いのなんの!もう新しいものが見れないなんて残念だわ」
先ほどのスキンヘッドの兄が部屋に入ってきて、にっこり微笑んだ。
「よかったらそのノート、もらってくれ。家族に見せてくれないんだ。その中を。キャサリンに見てもいいよって許可をもらっている子に引き取ってもらおうと思ってね」
キティは顔を輝かせ、ノートを胸に抱くとすぐに首を縦に振った。
キャサリンはきっと見てた。ノートをキティが引き取る場所を。
そしてなんとかキティを助けようと、キャサリン・ガールズを動かそうとした。
悪魔からキティを守ろうとしていた。