Bana's diary

Banaがのんき気ままに暮らす小屋。小説「Catherine〜キャサリン〜」を書いてます。キャラは貸したり借りたり

Catherine〜キャサリン〜3 「キャサリン 3」

「いいかい、キティ。今から調べるからね。キーワードをくれないか?」

クリスは小さな自分部屋として使っているアパートにキティを呼び出していた。ノートを大事そうに抱えたキティが微笑んで頷く。クリスの部屋は白いザラザラした壁にカラフルな絵の具がこびりつき、床に座れる場所を作ろうと壁際に寄せたキャンバスが散乱し、さまざまな種類の絵の具のチューブが床を這っている。いたる所に置かれたジュースの瓶、ペン立て、マグカップにはそれぞれの絵筆が突っ込まれてうなだれている。かろうじて踏んでも汚れない絵の具のこびりついたカーペットの上にノートパソコンを広げ、クリフはキティに苦笑いを噛み潰し、微笑み返す。

「悪魔ってキーワードはあるね。他はどう?」

「スゥジィに聞いてみるわ」

キティは早速、胸に抱いていたノートをめくり、2ページめを開く。ペン立てからシャープペンシルをひったくると、ノートの隅に小さく文章を書いた。「Teach the name of the devil(悪魔の名前を教えて)」と。

クリスは片眉を釣り上げ、妙な顔つきでその光景を見ていた。

やがて、その文の下に同じくらいの大きさの字で返答が書かれ始めた。キティはペンを持っているだけで、書いていない。ノートに次々と線が引っ張られ、文章になっていく。それはノートから染み出しているようにも見え、奇妙な光景。文字は深い赤色だ。

思いがけない現象に、クリスは目を見開いた。

そして、書かれた文章。「V classis(ウー・クラシス)」。

「ウー・クラシスだって。スゥジィが」

「ねぇ・・・・そ、れはさ、スゥジィにしか聞けないの?」

他にも聞きたいことで頭がいっぱいだったが、疑っているのだと怪しまれないように他愛の無い質問を選んだ。

「いいえ、アリソンとマリア、ミシャにサリーがいるわ」

つまり合計5人。キャサリン・ガールズは5人いるのだ。クリスは頭が混乱したまま微妙にぎこちなくキティに微笑みかけ、慌ててノートパソコンに向き直った。

「ウー・クラシス、ね・・・」

ブルブル震える指でキーボードを叩き、検索結果を広げた。一番に出てきたサイトをクリックする。そこには、ウー・クラシス以外にもいろいろな悪魔の名前が載っていた。 classis(テー・クラシス)、X classis (イクス・クラシス)、Y classis (ユー・クラシス)、Z classis (ゼータ・クラシス)。

「・・・ウー・クラシスは5段階ある悪魔の中で4番目。尋常の人間よりも強くて、テレキネシスも使える。見分けるには、目を見る必要がある。目が真っ黒ならコイツだ。だけど、普通の目にすることもできるみたいだよ」

「やっぱりね!スゥジィが伝えてるのは本当なんだよ!!」

喜びまわるキティの横で、クリスはあっけらかんとノートを見つめていた。キティが歓喜の声を上げるさながら、クリスはそっとノートに手を伸ばしてみたものの、触ることは出来なかった。クリスの中の想像上の鳥が「これは触っちゃダメだ!危険!」と言い、野次がどんどん鳴り響いていた。さらに想像上の犬が「触ってしまえ!面白そうだ!」とやかましく吠えた。

だがクリスは結局触れなかった。

 

キティが満足した面持ちで泊まっているホテルに戻ったのは2時間前。

クリスは早速、部屋の中心にデカデカとキャンパスを置き、左手にパレット、足元には水入れと絵の具のチューブ、顔料入れを散らばせ、ついでに床や壁や自分自身に新しい絵の具を撒き散らし、右手に絵筆を握りしめている。絵の具と汗にまみれた額や顔を気にしつつも、またキャンパスに書き殴る。赤と紫と濃い緑が織り成すコントラストを一切乱さないように構成された3色の目立ち具合は、下描きなしで描いたとは思えない出来ぶりだ。デフォルメされた犬が、リアルな巨大鳥についばまれ、食い散らされる絵。絵の具でびしゃびしゃになった両手で描き続ける。

「・・・」

無言で放り落としたパレットと絵筆はカラフルな3色の絵の具をまき散らしながらフローリングに落ちた。夕方の薄暗く、赤い部屋の中で。上がった息を整えようと胸ぐらをつかんだ。その手についていた絵の具で、シャツに手形ができる。

「・・・悪魔って」

クリスは唇を噛み締め、顔料の入ったバケツを何種類も引っ張り、ひとつのバケツに少しずつ入れて混ぜ、真っ黒な色を作り、大きな絵筆を何かにとりつかれたようにそのバケツに突っ込み、キャンパスに向き直った。

そして、キャンパスをこれでもかというくらい、黒い絵筆で殴った。丸みのある愛らしい犬を。獰猛で今にも出てきそうな鳥を。悪魔の黒で。

 

気がつけばそこは色とりどりなステージに変わってしまっていた。カラフルな中、大半を占めるのは黒だった。クリスは絵の具まみれの手の甲で、ほほの汗をぬぐい、大きく息を吐く。

「一体なんなんだよ・・・」

尻餅をついたフローリングにも絵の具は飛び散っていた。

 

次の日は気が重いまま学校に登校した。二人はいつもの4階隅の教室に足を踏み入れた。

「今日はちょっと寒いかもね」

キティは太陽光を受けてキラキラ光る髪をかきわけた。肩にかけたカバンのメッシュポケットにはノートが入っている。

「昨日の夜も冷えたからね」

「どうせ、昨日も勉強しないで絵を描いてたんでしょ!あの部屋掃除しないと、追い出されちゃうよ!」

 

一時間目の数学の授業はもちろん聞くだけ聞いて流していた。キティは熱心にノートをとるが、その横でクリスはタオルをマフラーのように首にかけて口を隠し、手遊びしたり小説を読んだりと全く授業に集中しなかった。

「もう。そんなんだから頭に入らないんだよ」

「入れようなんて考えてない」

クリスは鼻をすんと鳴らした。どうも体調が悪い。風邪気味だ。

まだ若い男の数学の教師はちらちらとキティを見てはその真剣ぶりに微笑んでいた。

数学教師は生徒が問題を解いているのを待つさながら、キティの近くに歩み寄ってきた。

「もう解いたのか。しかもあっている。計算が得意か?」

「はい。文章問題はちょっと苦手ですけど・・・」

「その計算力で十分だ」

恥ずかしげに微笑むキティの目を奪い、数学教師はキャサリン・ノート(何故かこの名前が馴染んでいる)に手を伸ばし、掴んだ。

「・・・でも、授業に必要のないものは没収するよ」

キティは目を見開いた。

「あ、あの・・・・ごめんなさい、すぐにしまいますから、返してください、大事なノートなんです・・・キャサリンが残してくれた」

「不要物を回収するのは、教師の仕事の一つでもある。すまんな、キティ」

クリスは少し睨むように数学教師を見た。が、キティを見ている教師は気がつかない。

ふと、数学教師が瞬きをした。目が一瞬真っ黒になる。

クリスは昨日書いた真っ黒のキャンバスとパソコンの文字を思い出した。「目が真っ黒」

クリスは勢いをつけて座席に両足をつけ、キティを通り越して数学教師に手を伸ばし、殴りつけた。男は不意をつかれた悲鳴を上げながら、体を横に倒す。いきなりの事態に、キティが叫ぶ。

「クリスッ!!!!?」

キティの座席を通り越し、床に突っ伏した数学教師の手からノートを奪い去ろうとしゃがみこんだ。もし、見間違いだったらという不安感がどっと押し寄せてくる。ほかの生徒たちは恐怖からか、席からピクリとも動かずに小さな悲鳴を上げたり、ただただ呆然と目を見開くばかりだった。ハルの言葉が頭をよぎる。「ノートは持っていろ」と。

「触るなッ!!!!!!」

数学教師が勢いよく起き上がり、右手の拳でクリスの顎を下から上にかけて殴りつけた。悲鳴を上げるまもなく、今度はクリスが床に突っ伏し、丸くなった。爪が掌に食い込んだのか、数学教師の手からは血が滴っている。

「まったく・・・・何をするんだ、クリス・・・」

キティがブルブル震えて数学教師を見上げる。ほかの生徒たちは、両手を口に持っていき、怯えている。男子生徒は恐ろしいながらも次に何をするのか期待をしていた。

「先生・・・・って、生徒に暴力振るうのは嫌いって・・・言ってましたよね・・・・?」

キティのその言葉を合図にクリスは起き上がり、右肘を深く教師の腹にめり込ませ、おまけにタックルした。数学教師は吹き飛び、黒板に頭を強打して床に崩れる。2人のうめき声が教室に響いた。

「キティ!!ノートを取り返すんだ!!!」

クリスは口から血を零しながら叫んだ。